現在の信用金庫制度は、1900年(明治33年)の産業組合法による信用組合を出発点とし、1951年(昭和26年)の信用金庫法制定によって成立しました。
信用金庫は、地域の中小企業や住民が会員となり、相互扶助を基本理念として運営される協同組織金融機関です。
銀行と同じように預金・振込・融資などを取り扱いますが、一定の営業地域、会員制度、一人一票の議決権など、株式会社である銀行とは異なる仕組みを持っています。
こうした特徴は、単に制度上決められたものではありません。農民、中小商工業者、勤労者などが十分な金融サービスを受けにくかった時代に、地域で資金を出し合い、助け合う仕組みとして発展してきた歴史に由来します。
この記事では、信用金庫の成立過程を年表で整理し、現在の地域密着型金融機関につながった理由を分かりやすく解説します。
| 時期 | 主な出来事 | 現在の信用金庫とのつながり |
|---|---|---|
| 19世紀 | ヨーロッパで協同組合運動や信用協同組合が発展 | 相互扶助による金融という考え方が形成された |
| 1900年 | 日本で産業組合法を制定 | 法律に基づく信用組合が誕生した |
| 1917年 | 産業組合法を改正し、市街地信用組合制度を設置 | 都市部の中小商工業者や住民も利用しやすくなった |
| 1943年 | 市街地信用組合法を制定 | 市街地信用組合が産業組合制度から独立した |
| 1949年 | 中小企業等協同組合法を制定 | 戦後の協同組織制度が再編された |
| 1951年 | 信用金庫法を公布・施行 | 現在につながる信用金庫制度が誕生した |
信用金庫の思想的な背景には、19世紀のヨーロッパで発展した協同組合運動があります。
産業革命によって経済が発展する一方、労働者、小規模事業者、農民などは十分な資金を借りられず、生活や事業の安定が難しい状況に置かれていました。
そこで、共通する目的を持つ人々が資金を出し合い、必要な人へ融通する協同組織が発展しました。
協同組織とは、出資者の利益を最大化することだけを目的とするのではなく、構成員が助け合い、共通する経済的・社会的な課題を解決するための組織です。
日本の信用金庫がそのまま外国の制度を移植して生まれたわけではありませんが、相互扶助による金融という考え方には、ヨーロッパの協同組合運動との共通性があります。
19世紀のドイツでは、地域住民や小規模事業者が資金を融通し合う信用協同組合が発展しました。
都市部の職人や小商工業者を対象とした信用組合の発展に関わった人物として、フランツ・ヘルマン・シュルツェ=デーリチュが知られています。
農村部では、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ライファイゼンが農民の相互扶助を目的とする信用組合の発展に大きな役割を果たしました。
これらの制度は、資金力の弱い人々が共同で信用を築き、地域内で資金を循環させる仕組みでした。
日本で後に整備された信用組合制度も、こうしたヨーロッパの協同組織金融の考え方を参考にしながら、日本の社会や産業構造に合わせて発展していきました。
日本の信用金庫制度の直接的な出発点は、1900年(明治33年)に制定された産業組合法です。
明治維新後、日本では近代産業が急速に発展しました。しかし、資本は一部の大企業や有力者に集中し、農民や中小商工業者は資金調達に苦労していました。
そこで、経済的に弱い立場にある人々が協同して、購買、販売、生産、信用などの事業を行うための法律として産業組合法が制定されました。
この法律に基づいて設立された組合のうち、組合員から預金を受け入れ、組合員へ融資する役割を担ったのが信用組合です。
ただし、当時の信用組合は原則として組合員を対象とする閉鎖的な仕組みで、会員以外から預金を受け入れられないなどの制約がありました。
産業組合法による信用組合は、農村部を中心に発展しました。
一方、都市化や商工業の発展が進むにつれて、市街地の中小商工業者や勤労者にも、より利用しやすい金融機関が必要になりました。
そこで1917年(大正6年)に産業組合法が改正され、市街地信用組合制度が設けられました。
市街地信用組合は、都市部や市街地で生活・事業を営む人々に対して、預金や融資などの金融サービスを提供しました。
この市街地信用組合が、現在の信用金庫へつながる直接的な前身です。
1943年(昭和18年)には、市街地信用組合法が制定されました。
それまで市街地信用組合は産業組合法の一部として位置付けられていましたが、独立した法律が制定されたことで、都市部の庶民や中小商工業者を対象とする金融機関として制度的に独立しました。
これにより、市街地信用組合は一般の金融機関に近い役割を持ちながら、協同組織として地域の資金需要に応える存在へ発展していきました。
第二次世界大戦後の1949年(昭和24年)、中小企業等協同組合法が制定されました。
戦後の民主化政策の中で、協同組合制度を再編するための法律でしたが、市街地信用組合にとっては、業務の範囲や員外取引などに再び強い制約が加わる内容でした。
そのため、協同組織としての性格を維持しながら、預金や融資などを幅広く扱える地域金融機関を求める声が高まりました。
こうした要望を受け、信用組合のうち、一般金融機関に近い機能を担う組織を独立した制度とする動きが進みました。
1951年(昭和26年)6月15日、信用金庫法が公布・施行され、現在につながる信用金庫制度が誕生しました。
信用金庫法の制定によって、信用金庫は会員以外からも預金を受け入れられるようになり、手形割引など、地域金融機関としてより幅広い金融業務を行えるようになりました。
信用金庫法第1条では、国民大衆のために金融の円滑を図り、貯蓄の増強に資すること、協同組織による信用金庫制度を確立すること、信用の維持と預金者等の保護を図ることが制度の目的として掲げられています。
市街地信用組合などのうち、信用金庫法に基づく組織へ移行した金融機関が、現在の信用金庫の基礎となりました。
| 年 | 出来事 | 意味 |
|---|---|---|
| 19世紀前半〜後半 | ヨーロッパで協同組合運動が発展 | 相互扶助による組織運営の考え方が広がる |
| 19世紀 | ドイツで信用協同組合が発展 | 小商工業者や農民が共同で資金を融通する仕組みが形成される |
| 1900年 明治33年 |
産業組合法を制定 | 日本で法律に基づく信用組合が誕生する |
| 1917年 大正6年 |
産業組合法を改正し、市街地信用組合制度を創設 | 都市部の中小商工業者や住民向け金融が発展する |
| 1943年 昭和18年 |
市街地信用組合法を制定 | 市街地信用組合が独立した法律に基づく金融機関となる |
| 1949年 昭和24年 |
中小企業等協同組合法を制定 | 戦後の協同組織制度が再編される |
| 1950年 昭和25年 |
全国信用協同組合連合会を設立 | 現在の信金中央金庫につながる中央金融機関が誕生する |
| 1951年 昭和26年 |
信用金庫法を公布・施行 | 現在につながる信用金庫制度が成立する |
| 1951年 昭和26年 |
全国信用協同組合連合会が全国信用金庫連合会へ組織変更 | 全国の信用金庫を支える中央金融機関となる |
| 2000年 平成12年 |
全国信用金庫連合会が信金中央金庫へ名称変更 | 現在の信金中央金庫となる |
信用金庫が地域密着型である理由は、その歴史と制度の両方にあります。
信用金庫は、地域内の住民や中小企業が資金を出し合い、その地域で必要とされる金融サービスを提供する協同組織として発展しました。
現在も営業地域は一定の範囲に限定され、主な融資先は営業地域内の会員である中小企業や個人です。
預金者から集めた資金を地域内の事業者や住民へ融資することで、地域内で資金を循環させる役割を担っています。
信用金庫は株式会社ではなく、会員の出資によって成り立つ協同組織です。
株式会社では、原則として多くの株式を保有する株主ほど大きな議決権を持ちます。
一方、信用金庫では、出資口数にかかわらず会員は原則として一人一票の議決権を持ちます。
これは、一部の大口出資者だけが経営を支配するのではなく、会員が平等な立場で組織運営に参加するという協同組織の考え方によるものです。
なお、預金口座を開設したり、定期預金を利用したりするだけであれば、原則として会員になる必要はありません。融資は原則として会員向けですが、法律で認められた範囲では会員外への融資も可能です。
信用金庫は、株式会社のように株主利益の最大化を第一の目的とする組織ではありません。
しかし、信用金庫も金融機関であり、経営を維持し、預金者を保護し、地域へ継続的に金融サービスを提供するためには収益が必要です。
したがって、「信用金庫は利益を考えない金融機関」という説明は正確ではありません。
より正確には、信用金庫は健全な収益を確保しながら、会員や地域社会の利益を重視する協同組織金融機関です。
| 比較項目 | 信用金庫 | 銀行 |
|---|---|---|
| 組織 | 会員の出資による協同組織 | 株主の出資による株式会社 |
| 根拠法 | 信用金庫法 | 銀行法 |
| 主な目的 | 会員の相互扶助と地域金融の円滑化 | 銀行業を営み、企業として収益を上げる |
| 営業地域 | 一定の地域に限定 | 信用金庫のような地域制限はない |
| 主な融資先 | 地域の中小企業や個人 | 個人、中小企業、大企業など |
| 議決権 | 原則として会員一人一票 | 原則として保有株式数に応じる |
銀行との詳しい違いは、信用金庫と銀行の比較で解説しています。
信用金庫は、預金や融資だけを行う金融機関ではありません。
現在は、地域の中小企業や個人に対して、次のような支援も行っています。
こうした業務は、地域の人々が共同で資金を集め、地域のために活用するという信用金庫の歴史的な役割の延長線上にあります。
Q.信用金庫はいつ誕生しましたか?
A.現在の信用金庫制度は、1951年6月15日に信用金庫法が公布・施行されたことで誕生しました。
Q.日本で最初の信用金庫はどこですか?
A.現在の信用金庫は、各地に存在した市街地信用組合などが信用金庫法に基づいて改組して成立しました。そのため、単純に一つの金融機関だけを「日本最初の信用金庫」とするには、前身組織の設立年と信用金庫への改組日を分けて考える必要があります。
Q.信用金庫の直接的な前身は何ですか?
A.主な前身は市街地信用組合です。市街地信用組合は1917年の制度創設を経て、1943年には独立した市街地信用組合法に基づく金融機関になりました。
Q.信用金庫の起源はイギリスですか?
A.協同組合運動は19世紀のイギリスなどで発展しましたが、日本の信用金庫制度の直接的な出発点は、1900年の産業組合法による信用組合です。ドイツの信用協同組合の影響も重要です。
Q.信用金庫と信用組合は同じですか?
A.同じではありません。どちらも協同組織金融機関ですが、信用金庫は信用金庫法、信用組合は中小企業等協同組合法などを根拠とし、会員資格や預金受入れの範囲などが異なります。
Q.信用金庫は非営利団体ですか?
A.株主利益の最大化を目的とする株式会社ではありませんが、健全な経営と預金者保護のために収益は必要です。会員と地域社会の利益を重視する協同組織金融機関と理解するのが適切です。
Q.信用金庫の預金は会員でなくても利用できますか?
A.原則として利用できます。普通預金や定期預金の利用に会員資格は必要ありません。
Q.信金中央金庫とは何ですか?
A.全国の信用金庫を会員とする信用金庫業界の中央金融機関です。1950年に全国信用協同組合連合会として設立され、1951年に全国信用金庫連合会へ組織変更し、2000年に現在の名称となりました。
信用金庫の歴史は、地域の住民や中小企業が資金を出し合い、互いに支え合う金融の仕組みを築いてきた歴史です。
日本では1900年の産業組合法によって信用組合が生まれ、1917年の市街地信用組合制度、1943年の市街地信用組合法、1949年の中小企業等協同組合法を経て、1951年に信用金庫法が制定されました。
現在の信用金庫に営業地域、会員制度、一人一票、地域の中小企業や個人を中心とする融資制度があるのは、この歴史的な成り立ちによるものです。
信用金庫は利益を必要としない組織ではありません。健全な経営を維持しながら、会員と地域社会の利益を重視する地域金融機関です。
< 信用金庫一覧へ戻る | 信用金庫と銀行の比較へ進む >
