りそな銀行の歴史は、1918年に大阪で設立された大阪野村銀行と、1943年に埼玉県内の4銀行が合併して誕生した埼玉銀行という、二つの大きな系譜から成り立っています。
大阪野村銀行から大和銀行へ続く関西の系譜と、埼玉銀行・協和銀行からあさひ銀行へ続く関東の系譜が、2003年の再編によって一つになり、現在のりそな銀行が誕生しました。
さらに、2003年には公的資金注入を受けて経営再建へ進み、個人・中小企業向け金融、店舗改革、信託機能を組み合わせた独自の銀行へと変化しました。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1918年 | 大阪野村銀行を設立 |
| 1926年 | 証券部門を分離し、野村證券が誕生 |
| 1927年 | 大阪野村銀行が野村銀行へ商号変更 |
| 1943年 | 武州銀行・八十五銀行・忍商業銀行・飯能銀行が合併し、埼玉銀行が発足 |
| 1948年 | 野村銀行が大和銀行へ商号変更 |
| 1969年 | 埼玉銀行が都市銀行へ転換 |
| 1991年 | 協和銀行と埼玉銀行が合併し、協和埼玉銀行が発足 |
| 1992年 | 協和埼玉銀行があさひ銀行へ商号変更 |
| 2001年 | 大和銀ホールディングスが発足 |
| 2002年 | あさひ銀行がグループ入り。りそなホールディングスへ商号変更 |
| 2003年3月 | 大和銀行とあさひ銀行が再編され、りそな銀行・埼玉りそな銀行が発足 |
| 2003年5月 | りそな銀行へ公的資金注入を決定 |
| 2000年代後半以降 | 店舗改革・業務効率化・個人中小企業向け金融を強化 |
| 現在 | 都市銀行でありながら信託機能を兼営する独自の銀行として営業 |
りそな銀行の関西側の源流は、1918年に大阪で設立された大阪野村銀行です。
大阪野村銀行は、野村財閥の金融部門を担う銀行として発展しました。
1926年には証券部門を分離し、その事業が現在の野村證券へつながります。
翌1927年、大阪野村銀行は野村銀行へ商号変更しました。
戦後の財閥解体を背景として、野村銀行は1948年に大和銀行へ商号変更しました。
大和銀行は、預金・融資・外国為替などの銀行業務に加え、信託業務を兼営する都市銀行として発展しました。
大和銀行が持っていた信託機能は、後のりそな銀行の大きな特徴として引き継がれています。
野村銀行・大和銀行は、大阪を主要な営業基盤として発展しました。
大阪府の指定金融機関を務めてきた歴史もあり、現在のりそな銀行が大阪を重要な基盤とする背景になっています。
りそな銀行のもう一つの大きな系譜は、埼玉銀行です。
埼玉銀行は1943年、武州銀行、八十五銀行、忍商業銀行、飯能銀行の4行が合併して誕生しました。
埼玉県内を基盤に成長した後、東京を含む首都圏へ営業を広げ、1969年に都市銀行へ転換しました。
協和銀行は、複数の貯蓄銀行を源流に持つ銀行です。
戦前・戦後の再編を通じて全国規模の銀行へ成長し、首都圏を中心に営業基盤を築きました。
1991年、協和銀行と埼玉銀行が合併し、協和埼玉銀行が発足しました。
この合併により、協和銀行の全国的な営業基盤と、埼玉銀行の首都圏・埼玉県内の強い基盤が統合されました。
協和埼玉銀行は1992年に、あさひ銀行へ商号変更しました。
あさひ銀行は、個人・中小企業向け金融を中心に、首都圏・関西圏へ営業を展開しました。
2001年、大和銀行、近畿大阪銀行、奈良銀行は株式移転により、大和銀ホールディングスを設立しました。
これは、銀行単体の合併だけでなく、持株会社の下で複数銀行を経営する体制へ移る再編でした。
2002年、あさひ銀行が株式交換によって大和銀ホールディングスの傘下へ入りました。
同年、持株会社はりそなホールディングスへ商号変更しました。
「りそな」はラテン語の「Resona」に由来し、「共鳴する」「響きわたる」という意味があります。
2002年、あさひ銀行の信託子会社であったあさひ信託銀行が大和銀行へ合併されました。
これにより、大和銀行が持っていた信託機能と、あさひグループの信託機能が集約されました。
2003年3月、あさひ銀行の埼玉県内の営業基盤は埼玉りそな銀行へ引き継がれました。
一方、大和銀行と、あさひ銀行の埼玉県外の営業基盤が統合され、現在のりそな銀行が発足しました。
この再編により、大阪・東京を中心とするりそな銀行と、埼玉県を中心とする埼玉りそな銀行という役割分担が生まれました。
りそな銀行発足直後の2003年、繰延税金資産の資産計上をめぐる監査上の問題などから、自己資本比率が大きく低下する見通しとなりました。
自己資本比率が国内業務を継続するための基準を下回るおそれが生じたため、金融システム安定化の観点から公的支援が検討されました。
2003年5月、預金保険法に基づき、りそな銀行へ公的資金を注入することが決定されました。
公的資金注入は、預金者保護と金融システムの安定を目的としたもので、りそな銀行は実質的に国の強い関与の下で経営再建を進めることになりました。
りそな銀行は法的整理や営業停止には至らず、預金・振込・融資などの通常業務を継続しながら再建を進めました。
公的資金注入後、経営陣は大幅に刷新されました。
新しい経営体制の下で、資産査定、収益構造、店舗運営、組織文化の見直しが進められました。
りそな銀行は、従来の銀行店舗のあり方を見直し、相談しやすい店舗づくりを進めました。
「銀行の常識」を見直す経営改革は、りそな銀行再建の象徴となりました。
再建過程では、大企業向けの大型取引だけに依存せず、個人・中小企業向けの金融サービスを重視しました。
住宅ローン、資産運用、相続、事業承継、不動産、年金など、相談型サービスを強化しました。
りそなグループは、利益の積み上げ、資本政策、株式売却などを通じて公的資金の返済を進めました。
長期にわたる経営再建を経て、公的資金返済を完了し、民間主体の経営へ戻りました。
大和銀行から引き継いだ信託機能は、りそな銀行の再建後も重要な事業として維持されました。
銀行業務と信託業務を一つの銀行で提供することで、次のような相談を一体的に行えます。
現在のりそな銀行は、都市銀行でありながら信託機能を併せ持つ、独自性の高い銀行です。
りそな銀行の歴史をたどると、大和銀行の大阪・関西基盤と、あさひ銀行の東京・首都圏基盤が統合されたことが分かります。
このため、りそな銀行は大阪に本店を置きながら、東京を含む首都圏にも多くの店舗・顧客基盤を持っています。
埼玉りそな銀行は、埼玉銀行の地域基盤を受け継ぎ、埼玉県を主要営業地域とする銀行です。
りそな銀行と埼玉りそな銀行は別の銀行法人ですが、いずれもりそなホールディングスの傘下にあります。
預金保険制度では別金融機関として扱われるため、保護限度額もそれぞれの銀行ごとに計算されます。
りそなグループはその後、関西地域の銀行再編にも関わり、関西みらい銀行・みなと銀行を含むグループ体制を形成しました。
現在は、りそな銀行、埼玉りそな銀行、関西みらい銀行、みなと銀行などが、グループの店舗・ATM・デジタル基盤を活用しています。
近年は、りそなグループアプリ、インターネットバンキング「マイゲート」、ウェブ口座、ことら送金などを拡充しています。
店舗での相談力を残しながら、日常取引はスマートフォンで完結できる銀行へ変化しています。
現在の会社概要上の設立日は1918年5月15日で、前身の大阪野村銀行にさかのぼります。
大阪野村銀行の証券部門が1926年に分離され、現在の野村證券へつながりました。
大和銀行と、あさひ銀行の埼玉県外の営業基盤が統合され、2003年に発足しました。
埼玉銀行の系譜はあさひ銀行へつながり、2003年の再編で、埼玉県内の基盤は埼玉りそな銀行、県外の基盤はりそな銀行へ引き継がれました。
2003年に自己資本比率が基準を下回るおそれが生じ、預金者保護と金融システム安定のため、公的資金が注入されました。
法的整理や営業停止には至っていません。通常業務を継続しながら、公的資金の下で経営再建を進めました。
商業銀行ですが、信託業務を兼営しています。預金・融資と相続・不動産・年金などを一つの銀行で提供します。
別の銀行法人です。いずれもりそなホールディングスの傘下にあります。
りそな銀行は、1918年の大阪野村銀行から大和銀行へ続く関西の系譜と、埼玉銀行・協和銀行からあさひ銀行へ続く関東の系譜が統合して誕生しました。
2003年には公的資金注入を受けましたが、通常業務を継続しながら経営再建を進め、個人・中小企業向け金融、店舗改革、信託機能を強みとする銀行へ変化しました。
現在は、都市銀行として全国の主要都市で営業しながら、相続・遺言・不動産・企業年金などの信託サービスも提供する、独自性の高い銀行となっています。
